幕末太陽傳/川島雄三
![]() | 幕末太陽傳 フランキー堺 南田洋子 左幸子 日活 2002-11-22 |
駄作、愚作、怪作の宝庫、映画監督・川島雄三の代表作(且つ入門編)にして、日本喜劇映画の最高峰。川島雄三の作品は失敗作でも、どこか一つは光る部分があり、しかも、そこに見るものを強烈に惹きつけてしまう魅力があるという、嵌まると癖になる鈴木清順(『ツィゴイネルワイゼン』、『けんかえれじい』他)と並ぶカルト映画監督。
"早過ぎた"映画監督であり、「生活ノタメデス」と低予算で作り続けざるを得なかった作品群(あからさまにヤル気の無さが伝わってくる作品も多々あったようです。)に埋もれてしまった傑作、異色作も数多く(『しとやかな獣』、『オオ!市民諸君』、『貸間あり』、『グラマ島の誘惑』他)、当時から川島雄三を支持する熱狂的ファンも少なからず存在。45歳の若さで急逝(昭和38年)した後も再評価され続け、徐々に時代の方が追いついていった日本映画界の"鬼才"です。
*日活・昭和32年公開(1957年)
*『幕末太陽傳』には助監督、脚本として愛弟子の今村昌平も参加しています。(代表作『神々の深き欲望』。昭和58年『楢山節考』でカンヌ・グランプリ受賞。)
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『幕末太陽傳』は"積極的逃避をテーマ"(川島雄三談)に、明治維新まで後数年という時代を舞台にして、古典落語「居残り佐平次」をベースに、「芝浜」、「品川心中」、「三枚起請」、「お見立て」、「明烏」などの廓噺を随所に盛り込みながら、主人公の佐平次(フランキー堺)が品川遊郭で無一文で大判振るまいした挙句そのまま居残り、その遊郭の中で機転の利いたバイタリティ溢れる行動力で次第に人気者になってゆく姿、同じ居残り組みの幕末の志士・高杉晋作(石原裕次郎)と佐平次との絡みなどを描いた作品です。落語ネタを絡めた作品と言うと最近では宮藤官九郎脚本のテレビ・ドラマ『タイガー&ドラゴン』(2005年)が話題になりましたが、落語ネタで成功した数少ない作品の元祖がこの『幕末太陽傳』です。
テンポ良く、粋な台詞、パワフルな動き、軽桃浮薄なギャグで笑わせる佐平次が実は労咳持ちで裏に回れば煎じ薬を飲んでいるという、明るいだけでなく深い闇をも併せ持つ設定、石原裕次郎演ずる高杉晋作の生真面目さを反対にギャグとして見せる演出など、可笑しさの中にも乾いた虚無感が漂う、一筋縄では行かない川島雄三のシニカルな視点が劇中で常に垣間見えます。また、進行性筋萎縮症という、段々と体の自由が利かなくなっていき死へ至る病を抱えた川島雄三(「私ニハ時間ガ有リマセン」)にとっては、自らの分身として思う存分フランキー堺(佐平次)を映画の中で機敏に走り回らせながらも、前述した佐平次が労咳を病んでいるという設定(アイディアはフランキー堺から提案され、川島雄三は面白がって採用)は、重い病を抱えても尚"もっと自由奔放に動き回りたい"、"もっと映画を撮りたい"という川島雄三の心情とリンクしているかのように思えます。
かつて読んだインタビュー記事でフランキー堺は「『幕末太陽傳』の元ネタのひとつになった『居残り佐平次』には"居残り"から"生き残り"へとの川島雄三監督の思いが託されていたのではないか」と語っています。ラストで「俺はまだまだ生きるんでぇ」と叫びながら走り去る佐平次は川島監督自身の心の叫びだったのかもしれません。
当時の"太陽族"という流行語を安易に取り入れた『幕末太陽傳』(ブームの中心にいた石原裕次郎が出演しているという接点は有りますが)というタイトルも、並みの映画ならマーケティング効果を狙っての安易な発想で、などと切り捨てられますが、大スター石原裕次郎、小林旭、芸達者な左幸子、南田洋子などを始めとする日活オール・スターともいえる豪華キャストを迎えた大作、しかも映画の出来も素晴らしい、と言うことになると、"当時の一般常識人からは良しとはされなかったであろうブーム"ということも合わせて、安易故に川島雄三の大いなる反骨精神が感じられて痛快。
また、せっかくの石原裕次郎らの日活スター俳優を脇役に配し、(いくつかの喜劇映画への主演はあったものの)元・ジャズドラマーのフランキー堺を主演に持ってきた、と言うのも川島雄三の面白いところ。フランキー堺も死の影におびえながらも「首が飛んでも動いてみせまさぁ」と嘯いてみせるニヒリストの佐平次を、芸術的ともいえる流れるようなムダのない動きと凄みさえ感じさせられるほどの迫真の演技で演じ切り、しっかりと川島雄三の期待に応えています。(フランキー堺はこの作品でキネマ旬報男優賞、ブルーリボン主演男優賞を受賞。)
*無いものねだりになってしまいますが、フランキー堺主演『幕末太陽傳』がこれほどの出来なら、生前に製作が予定されていながら川島監督の死によって幻に終わった、フランキー堺主演で「写楽」を題材にした『寛政太陽傳』も見てみたかった。(加えて小沢昭一主演『江分利満氏の優雅な生活』、『忍ぶ川』の3本の製作が予定されていたようです。)
川島雄三監督はラストで佐平次を映画セットの外、現代(昭和32年)の東京の街に走り出させる、という演出の変更を提案しますが、あまりにも斬新過ぎるそのアイディアはスタッフの猛反対にあい、最終的にはスタッフ代表のフランキー堺の説得で断念しています。なかなか面白いアイディアだと思うのですが、昭和30年代の映画界ということを考えると仕方が無かったのかもしれません。映画の中で一つの世界を作り上げ、観客をその世界に誘う、という映画の枠(常識)には収まらない突き抜けた発想であり正に掟破り。川島作品としては最初から最後まで完璧に近い出来に仕上がりかけている『幕末太陽傳』を監督自ら壊そうをした様にも思えます。
実際に川島雄三監督の希望通りに製作されていたら、当時どれほどの衝撃を映画ファンに与えたか、と考えると幻に終わったラストシーンがちょっと残念な気もします。
「さよならだけが人生だ」
進行性筋萎縮症という病を抱え、常に死を意識していたであろう映画監督・川島雄三の座右の銘。("人生足別離"、作家井伏鱒二が訳した漢詩の一節)
[幕末太陽傳 - ストーリー]
明治維新まであと5年。佐平次(フランキー堺)は品川の遊郭「相模屋」で、無一文であることを心配する仲間を気にも留めず景気良く大判振るまい。翌日、仲間を帰して一人になった佐平次の所へ店の若衆(岡田真澄)が勘定書を持って持ってくるが「一文も懐に持ってないってんだから面白いじゃねぇか」と開き直り、店に残って(居残り)働いてお金を返すことになる。「相模屋」には勘定を溜め込んだ佐平次と同じ居残り組で、英国公使館の焼き打ちを企む高杉晋作(石原裕次郎)を始めとする勤王の志士達(小林旭、二谷英明他)の姿もあった。
次々と起こる相模屋でのトラブルや厄介な頼まれ事を機転と持ち前の行動力で解決。次第に「相模屋」ではなくてはならない存在となり、一番人気を争う花魁こはる(南田洋子)やおそめ(左幸子)からは言い寄られ、若衆からは頼りにされ、郭の人気者になっていくが。。。。
■幕末太陽傳 コレクターズ・エディション
![]() | 幕末太陽傳 コレクターズ・エディション フランキー堺 川島雄三 左幸子 日活 2005-10-07 |
製作:山本武
監督:川島雄三
助監督:今村昌平
監督助手:浦山桐郎 遠藤三郎 磯見忠彦
脚本:田中啓一、今村昌平、川島雄三
撮影:高村倉太郎
音楽:黛敏郎
出演:フランキー堺、石原裕次郎、南田洋子、左幸子、芦川いづみ、小林旭、小沢昭一、二谷英明、岡田真澄、金子信雄、西村晃、市村俊幸、他
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- by axis_009
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